ワイヤーのお話
ワイヤーのお話(ミュージックワイヤー)

巻線の歴史

一方、ピアノ弦の低音部には巻線が用いられていますが、この技術の歴史も古く、16世紀以前にさかのぼります。弦楽器において低音を発するためには、弦の長さを長くするか、弦を太くしなければなりません。現在のピアノの一番高い音ドの弦の長さは約5cmで、1オクターブ下のドは2倍の10cmです。これを整数倍にしてゆくと、一番低音すなわち7オクターブ下のドは6m40cmの長さが必要になってしまいます。この関係は他の弦楽器でも同じです。したがって、楽器をコンパクトにするためには、低音ほど弦を太くして長さを短くするという手法が必要になってきます。

巻線が用いられている18世紀末のスクエア・ピアノ
製造:F. ベック(1785年頃)
写真提供:浜松市楽器博物館

18世紀末のスクエア・ピアノ

ピアノより歴史の古いバイオリンやギターでは、羊の腸によるガット弦が用いられていました。ガット弦の場合、単独では太さに限界があるので太い弦を得るために、複数本のガットを乾かす前に撚り合わせ、乾燥後、磨いて平滑面の太い弦にするという手法が用いられていました。バイオリンなど弓を使う弦楽器ではロープ状のガット弦も使われていたようです。

ガット弦に金属の細線を巻きつけた巻線が現れたのは1660年のイタリアで、最初はバイオリンに用いられたようです。金属線の巻き方には、線間の間隔が開いているオープン巻線(ハーフ巻線)と線間が密着しているクローズ巻線の2種類があります。このふたつは音域により使い分けられ、オープン巻線は高音域に、クローズ巻線は低音域に適用されます。クローズ巻線の方が弦の質量が重くなり、発音の周波数が低くなるためです。

昔の巻線工場風景
手巻き機械の構造は現在も変わっていないようだ。
出典:Five Lectures on the Acoustic of the Piano

昔の巻線工場風景

巻線という技術がピアノ弦にいつ適用されたかのかということですが、文献上ではフランスのエラールが1808年と1815年にブロードウッド社を訪れ、技術を学び、その後パリに戻っていくかの技術を開発しましたが、低音弦を真鍮線からスチール線に真鍮線を巻いた弦に変更したというものがあります。浜松市楽器博物館所蔵のピアノやハープシコードなどの弦を見ますと、1785年~1805年頃にかけて、複数のスクエア・ピアノの低音弦にオープン巻線やクローズ巻線が認められます。したがって、巻線のピアノ弦への適用は18世紀末と考えて良いと思います。ちなみにグランド・ピアノに適用されるのは1820年前後で、1800年~1820年にかけてのグランド・ピアノには見当たりません。グランド・ピアノに先立ってスクエア・ピアノに適用された理由は、このピアノがコンパクトさを要求されたため、弦長を長くできず、短い弦長で低音を出すために弦の質量を増やすことが最大の理由であったと考えられます。それ以外にも、太い弦はフレーム強度の不足、早い振動減衰による響く時間の短時間化を招くため採用できず、巻線という技術にはこれらを解決するという意図もあったと思われます。

* 楽器博物館所蔵の楽器は原則として動態にあることを前提としているため、弦やハンマーのような消耗部品は所蔵以前も含めて材質などがオリジナルから変えられている可能性もあるとのことです。

巻線の形状は普通丸線ですが、1874年にハミルトンが平線を用いることを考案しています。打弦楽器のピアノではこの技術は意味がありませんでしたが、バイオリンの場合は、弓との接触面積を増やすためには有効で、ガットあるいはナイロンの芯線の上に、金、銀あるいはアルミなど金属の平線を巻いた弦が現在でも用いられています。ベース(コントラバス)の場合は、低音をもっぱら発音させますので、弦は巻線が前提で、2重巻だけでなく3重巻にした弦もあり、エレキ・ベースではフラット・ワウンドと呼ばれる平巻線もあります。また、ハープの低音弦では金属の芯線に繊維を巻き、その上に銅の平線ややナイロンの巻線を施しており、巻線の種類・構造は楽器によりさまざまです。

バイオリン弦の構造  PIRASTRO社 TONICA G弦
一見、何の変哲もない金属線のように見えるバイオリンの弦。しかし、分解してみると、細い合成繊維を束ねた心線に、Fe-Ni合金の丸線の巻き加工を施し、さらにその上から銀の平線を巻くという2重巻線の構造になっている。

バイオリンの弦 バイオリンの弦 分解写真

ギター弦の構造 Martin&Co. G弦
六角形断面のピアノ線の上に、黄銅の丸線を巻いている。

ギター弦の構造

ピアノ弦  最も太い2重巻線の外観
右側の太い部分が2重巻部
真中の部分は1重巻き、左側の黒い部分が心線

ピアノ弦 最も太い2重巻線の外観

ピアノ弦 巻線部の根元
平打ちにより心線は、両端部が扁平になっており、巻線がゆるみにくくしてある。

ピアノ弦 巻線部の根元

ピアノ弦 2重巻線の構造
この太い銅の巻線をほどいていくと、内側に細い巻線が現れる。巻き方向は内と外では逆になっている。ギター弦の巻線と比較して巻線の径が太い。

ピアノ弦 2重巻線の構造

 

巻線において一番問題となるのは、使用中における芯線との間のゆるみ発生です。
特に大きな振幅が与えられる打弦楽器のピアノや、撥弦楽器のギターではゆるみやすいのです。この問題の解決策として、1885年にカリとハペルによって、芯線を三角形あるいは多角形にすることが考え出されました。この技術はギター弦では六角形の芯線として現在でも生きていますが、ピアノ弦の場合は少し違った方法がとられています。まず銅線を巻きつける芯線の両端を叩いて扁平にします。これを「平打ち」といいます。次にこの部分を含めて銅線を密着させて巻きつけます。金属の場合、銅のように軟らかい金属でもわずかながら弾性をもっていますので、巻きつけ後も少し元に戻ろうとします。これを「スプリングバック」と言いますが、ゆるむ場合、丸線部分では巻きつけが戻るような方向へ回転してゆるみます。しかし、平打ち部分は扁平なので巻線は回転することができません。ピアノ弦はこのような工夫でゆるみを防止しています。

巻線を加工するには、巻きつける角度、巻き速度、銅線への張力などが音色に影響するとされ、安定した品質を保つためには、高度な技術が必要だそうです。現在では機械加工も進歩し、かなり高性能な巻線が製造できるようになっていますが、熟練作業員の水準にはまだ及ばず、コンサート用のグランド・ピアノの場合、熟練作業員により1本1本丁寧に手づくりされています。

 

弦の材質の変遷に進む

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